移送隊は、鎮魂会の小型巡礼艇二隻と、目立たぬよう偽装した民間輸送船一隻という、小規模な編成で出発した。オルコットとセシルは、輸送船に紛れて同行した。

出発の朝、灰域の外れに設けられた鎮魂会の小さな停泊地には、まだ夜明け前の薄闇が残っていた。三隻の艦影が、ひっそりと係留されている様は、およそ重要な任務を帯びた船団には見えなかった。それこそが、この移送隊が狙った擬態だった。輸送船の船体には、辺境交易でよく見かける民間会社の紋章が偽装として描かれ、巡礼艇二隻も、ただの巡礼団の艇にしか見えないよう、装飾の類は一切排除されていた。

出港前、オルコットは輸送船の船長――鎮魂会が信頼を寄せる民間人の老練な船乗りと、最後の打ち合わせを行った。

「艦長、この船は見た目こそみすぼらしいが、中身は伊達じゃない。何十年も辺境交易の荒事を潜り抜けてきた船だ」

「頼りにしています」

「任せておけ。ただし――万一の時は、俺の判断より、あんたの判断を優先させてもらう。それでいいか」

「構いません」

短いやり取りだったが、オルコットはその老船長の目に、確かな胆力を見て取った。見た目に反して、場数を踏んだ者特有の落ち着きがあった。

「――これまでの任務とは、また違う緊張感ですね」

セシルが呟いた。輸送船の狭い船室で、二人は簡素な椅子に並んで腰を下ろしていた。

「艦隊戦ではなく、隠密行動。だが、失敗すれば失うものは、これまで以上に大きい」

オルコットは、窓の外に広がる暗闇を見つめながら答えた。艦隊戦であれば、まだ戦力の優劣という、ある程度予測可能な要素で状況を判断できる。だが今回は、相手の存在すら見えない中で、ただ静かに進み続けるしかない。その不確実性が、彼の神経を、これまでとは違う種類の緊張で満たしていた。

短距離跳躍を繰り返しながら、一行は灰域から遠く離れた辺境宙域へと進んでいった。一回目の跳躍を終えた後、オルコットは輸送船の索敵担当から報告を受けた。

「周辺に、確認できる艦影はありません。想定通りの航路です」

「――このまま行けるといいが」

二回目、三回目と跳躍を重ねるごとに、周囲の宙域は次第に星の数を減らし、光の乏しい深宇宙へと変わっていった。連邦の哨戒網からは、確実に距離を取れているはずだった。だが、距離を取れば取るほど、救援を呼ぶことも難しくなる。それもまた、この移送計画に内在する、避けがたいリスクだった。

三回目の跳躍の直後、輸送船の窓から見える星々の密度は、これまでの任務で見てきたどの宙域よりも希薄だった。オルコットは、その光景に、ある種の孤独を覚えた。同盟の勢力圏からも、連邦の勢力圏からも、これほど離れた場所に来たのは初めてだった。誰の助けも届かない場所――それは同時に、誰の監視も届かない場所であることを意味していた。皮肉にも、その事実こそが、この移送計画の唯一の頼みの綱だった。

護衛の修道士の一人が、静かに祈りの言葉を口にしているのが聞こえた。特定の神への祈りというより、この旅の無事を願う、素朴な呟きのようだった。オルコットは、その声に、どこか安らぎに似たものを感じていた。信仰を持たない自分でも、こういう瞬間には、何か大いなるものに縋りたくなる気持ちが、少しだけ理解できる気がした。

その祈りの声を聞きながら、オルコットはふと、デルフォスの地下要塞から鍵を運び出したあの夜のことを思い出した。あの時もまた、成功するかどうか誰にも確証が持てないまま、ただ前へ進むしかなかった。今回もまた、同じ種類の緊張の中にいる。だが、あの時と違うのは、今は隣にセシルがいるということだった。その事実だけが、彼にとって、確かな支えになっていた。

出発前、輸送船の機関長から報告を受けていた内容を、オルコットは何度も反芻していた。この老朽化した輸送船の跳躍炉は、正規の軍艦のものに比べて冷却効率が三割ほど劣る。二回連続の跳躍がやっとで、三回目には最低でも四時間の冷却時間が必要だという。今回の行程では、四回目の跳躍を終えた時点で、六時間の休止を挟む計画になっていた。

その六時間の間、輸送船と巡礼艇二隻は、宙域の片隅で息を潜めるようにして停止していた。エンジン音を最小限に抑え、通信も緊急時以外は控える。まるで、獲物に気づかれないよう身を伏せる小動物のようだった。オルコットは、その静けさの中に潜む緊張を、肌で感じ続けていた。

四回目の跳躍を終えた後、しばらく休止時間が設けられた。跳躍炉の冷却を待つ間、乗員たちは交代で仮眠を取った。オルコットもまた、狭い船室の寝台で、束の間の休息を取ろうとしたが、なかなか寝付けなかった。セシルも同じだったのか、隣の寝台で身を起こしていた。

「――眠れませんか」

「ああ。君は」

「私も」

二人は、しばらく無言のまま、船の微かな振動音に耳を澄ませていた。やがてセシルが、静かに口を開いた。

「もし、この任務が無事に終わったら」

「終わったら?」

「少しだけでいい。何も考えずに、ただ穏やかな時間を過ごしたいです」

「――そうだな」

オルコットは、そう答えるのが精一杯だった。今の状況で、そんな未来を約束することの難しさを、彼は痛いほど分かっていた。それでも、彼女のその願いを、叶えてやりたいと強く思った。

「灰域を出て、まだ数日しか経っていないのに、ずいぶん遠くまで来た気がします」

セシルが、天井を見つめながら言った。

「距離だけの話じゃないんだろう」

「――ええ。連邦にいた頃の自分からは、もう随分と遠くまで来てしまいました」

その声には、後悔とも安堵ともつかない、複雑な響きがあった。オルコットは、何も言わずに、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。彼女がこれまで歩んできた道のりを、彼は全て知っているわけではない。それでも、今この瞬間、彼女が隣にいてくれることの意味を、彼は改めて噛みしめていた。

やがて、微かな寝息が聞こえてきた。セシルが、ようやく眠りについたのだろう。オルコットは、その寝顔を確認してから、自分もまた目を閉じた。だが、彼の眠りは浅いままだった。

だが、五回目の跳躍を終えたところで、予期せぬ事態が発生した。

「――前方に、未確認の小型艦隊」

アダムの乗る巡礼艇から、緊迫した通信が入った。船室に緊張が走り、休息を取っていた乗員たちも、瞬時に持ち場へと戻っていった。

「識別不能です。ただ、進路がこちらと交差しています」

オルコットは息を詰めた。偶然か、それとも待ち伏せか。

「連邦の識別章は」

「ありません。ただ、装備の特徴が、レティシアで遭遇した非正規部隊のものと酷似しています」

その報告に、オルコットの脳裏に、以前の記憶が蘇った。レティシアでの遭遇――正規の軍籍を持たない、それでいて明らかに組織的な訓練を受けた部隊。あの時も、彼らの背後に何者かの意図が透けて見えた。

「艦影の数は」

「四隻。小型戦闘艇クラスと推測されます」

「武装は」

「詳細不明ですが、船体形状から見て、対艦戦闘用の兵装を搭載していると思われます」

四隻という数字を、オルコットは頭の中で吟味した。輸送船一隻と巡礼艇二隻という、非武装に近いこちらの編成に対して、四隻の武装艇――数の上では、決して有利な状況ではなかった。だが、逃げ場もない。この宙域は、辺境も辺境、援軍を呼べる距離ではなかった。

「――ヴィスの手先か」

その可能性が、オルコットの脳裏をよぎった。もし、鎮魂会への疑いから、連邦が独自にこの移送を察知していたとすれば。デルフォスの一件以降、連邦は執拗に鍵の行方を追い続けている。今回の移送計画が、その網に引っかかった可能性は、決して低くなかった。

「回避できるか」

「相手の進路を見る限り、完全な回避は困難です。接触は避けられません」

セシルの顔が青ざめた。

「――鍵を、奪われるわけにはいきません」

「わかっている」

オルコットは、アダムに向けて通信を返した。

「アダム殿、巡礼艇二隻は、輸送船の後方に位置を取ってください。何があっても、前に出ないように」

『了解しました。ですが、艦長――こちらの艇にも、最低限の自衛手段はあります。必要であれば』

「今は温存を。輸送船だけで対処できる限り、対処する」

オルコットは、輸送船の護衛担当者に指示を出した。船内の空気が、一瞬にして張り詰めた。

「戦闘準備。ただし、鍵を積んだ巡礼艇は、絶対に前面に出すな。輸送船が盾になる」

「了解しました。対艇兵装、展開準備を始めます」

護衛担当者の声には、緊張と共に、確かな覚悟が滲んでいた。オルコットは、彼らの顔を一人ずつ見渡した。誰もが、この任務の重みを理解している。だからこそ、余計な指示は必要なかった。

小型艦隊が、着実に距離を詰めてくる。この辺境の暗闇の中で、鍵の運命を賭けた、予期せぬ戦闘が始まろうとしていた。オルコットは、セシルの手を一度だけ強く握り、それから前方のスクリーンへと向き直った。

「距離、5,000。まもなく通信圏内に入ります」

護衛担当者の声に、オルコットは短く頷いた。

「――何が来ても、鍵は死守する。それだけを考えろ」

艦内に、押し殺した緊張が満ちていく。老船長が、操舵席で静かに舵を握り直すのが見えた。彼の目には、恐怖よりも、むしろ研ぎ澄まされた集中が浮かんでいた。この老練な船乗りにとっても、これほどの緊迫した状況は、久しくなかったのかもしれない。

スクリーンに映る四つの光点は、規則正しい間隔を保ちながら、確実にこちらとの距離を詰めてきていた。オルコットは、その光点の一つ一つを見つめながら、これから始まるであろう戦闘の展開を、頭の中で幾通りも組み立てていった。

(第58話へ続く)