未確認艦隊は、四隻の小型戦闘艇で構成されていた。輸送船に接近すると、無線で威圧的な通告を送ってきた。
『積荷検査を要求する。抵抗すれば、実力をもって排除する』
その声は、機械的な合成音声を通していたが、口調そのものには、明らかな圧力が込められていた。オルコットは、艦橋代わりの操縦室で、その通告を聞きながら、拳を強く握りしめた。
合成音声というのも、意図的な選択だろう。声紋を残さない、正体を隠す――手慣れたやり口だった。オルコットは、この四隻の背後に、単なる荒くれ者の集団以上の、組織立った意図を感じ取った。
「返答は」
護衛担当者が尋ねた。
「無視だ。応答すれば、交渉の余地があると思わせてしまう」
「了解しました」
沈黙こそが、時に最も雄弁な返答になる。オルコットは、そう判断した。相手に、こちらの意図を読ませない。それが、今できる数少ない駆け引きだった。
「――積荷検査、だと」
セシルが呟いた。
「ただの海賊にしては、物言いが堂々としすぎています」
「間違いない。何者かの差し金だ」
海賊であれば、まず積荷の内容を探るような、もっと迂遠な接触の仕方をするはずだった。これほど直截に、しかも威圧的な口調で検査を要求してくるのは、既にこちらの正体をある程度把握している証拠のように思えた。
オルコットは決断した。船内の照明が、通常の白色光から、戦闘態勢を示す赤色灯へと切り替わる。狭い操縦室の壁に、赤い光が不気味に反射した。
「戦闘準備。だが、まずは輸送船が単独で応戦する。巡礼艇には手を出させるな」
「艦長、こちらの兵装は、あくまで民間仕様に偽装した簡易的なものです。長時間の交戦には耐えられません」
護衛担当者が、念を押すように言った。
「分かっている。だからこそ、短期決戦に持ち込む必要がある」
長引けば長引くほど、こちらの不利は増していく。オルコットは、その事実を頭に叩き込みながら、最初の一撃に全神経を集中させた。
輸送船は、偽装された武装――民間仕様に見せかけた対艇兵装を展開した。船体の側面パネルが音を立てて開き、隠されていた砲塔が姿を現す。老船長は、慣れた手つきで操縦桿を握り、輸送船を戦闘態勢へと移行させた。
「敵艇、接近。距離3,000」
「牽制射撃、開始」
輸送船の副砲が火を噴き、敵艇の進路上に曳光弾を放つ。相手の出方を見るための、警告としての射撃だった。だが、敵は怯まず、逆に発砲してきた。
「被弾!外殻に損傷!」
衝撃が、船体全体を揺らした。オルコットは、咄嗟にセシルを支える形で体を寄せた。天井から、小さな金属片がぱらぱらと降ってくる。
「損傷箇所は」
「右舷後方、外殻に亀裂。推進系統には影響ありません」
「そのまま戦闘継続。修復班は待機、今は動くな」
損傷の報告一つ一つに、オルコットは即座に判断を下していく。この種の交戦では、判断の速度そのものが、生存率に直結する。艦長として培ってきた経験が、こういう瞬間に否応なく試された。
「反撃しろ、遠慮するな!」
輸送船は民間船を装いながらも、実戦仕様の兵装で応戦した。狭い宙域での近接戦闘は、これまでの艦隊戦とは異なる、より緊迫したものだった。艦隊戦であれば、艦同士の距離は数千キロ単位で保たれることが多い。だが、この規模の戦闘艇同士の交戦は、時に数百メートルという至近距離にまで及ぶ。一瞬の判断の遅れが、致命的な結果に直結する戦いだった。
敵艇の一隻が、輸送船の前方を横切るように機動し、進路を塞ごうとした。老船長は、瞬時に舵を切り、体当たりに近い軌道でそれを回避した。船体が大きく傾ぎ、操縦室の備品が音を立てて床に転がった。
「――上手いな、あの船長」
オルコットは、思わずそう漏らした。長年の経験がなければ、この規模の艇でこれほど際どい回避行動は取れない。
「敵艇、二番艇、こちらの側面へ回り込み中!」
「牽制を続けろ。本命は正面の一隻だ」
四隻の敵艇は、明らかに連携の取れた動きを見せていた。二隻が正面から圧力をかけ、残る二隻が側面から回り込む――基本に忠実な包囲戦術だった。素人の寄せ集めではない。オルコットは、その動きの精度から、相手が相応の訓練を受けた集団であることを、改めて確信した。
もし本当に、これがマルコ・ヴィスの差し金だとすれば――そう考えた瞬間、オルコットの背筋に冷たいものが走った。連邦の正規軍ではなく、こうした非正規部隊を使うのは、証拠を残さないための常套手段だ。仮にここで移送隊が全滅したとしても、連邦は一切の関与を否定できる。ヴィスという男の周到さを、オルコットは苦々しく思い知らされた。
「艦長、敵、通信を試みています。再度の投降勧告かもしれません」
「無視しろ。奴らの目的は、対話じゃない」
オルコットは即座に切り捨てた。相手にとって、この通告はあくまで体裁を整えるための儀式に過ぎない。応じたところで、結果は変わらないと、彼は確信していた。
「巡礼艇、側面から回り込まれています!」
「――くそ、そちらにも敵が」
オルコットは咄嗟に、輸送船を巡礼艇との間に割り込ませた。船体が軋む音と共に、老船長が鋭く舵を切る。
「盾になる。構わず撃て!」
輸送船の外殻が、次々と着弾の衝撃に軋んだ。だが、その代償として、巡礼艇への攻撃は逸れていった。金属の焼ける臭いが、狭い操縦室にまで漂ってくる。オルコットは、その臭いの中に、この戦闘の現実味を、否応なく感じ取っていた。
「敵艇、一隻撃破!残り三隻!」
護衛担当者の声に、わずかな希望が見えた。撃破された一隻は、推進部への直撃を受け、爆発と共に光の破片となって散っていった。オルコットは、その光を目の端で捉えながらも、感傷に浸る余裕はなかった。相手が誰であれ、あの一瞬で何人かの人間が命を落としたはずだった。だが今は、それを悼む時間さえ、許されなかった。
だが、輸送船の損傷も、着実に蓄積していた。船体各所の損傷報告が、途切れることなく上がってくる。
「右舷区画、隔壁一部損傷。予備隔壁に切り替えます」
「機関部、冷却系統に軽微な異常。監視を継続」
「弾薬庫、残弾は七割。このペースなら、あと十分は保ちます」
十分――それもまた、途方もなく長く感じられる数字だった。オルコットは、頭の中で時間の計算を繰り返しながら、次の一手を考え続けていた。
「――このままでは、保たない」
損傷状況を伝える報告の声に、次第に切迫感が増していく。船体の各所から漏れる警告音、明滅する計器類、押し殺した悲鳴――狭い船内は、既に戦場そのものだった。
アダムの巡礼艇からも、緊迫した通信が入った。
「艦長、こちらの艇にも被弾がありますが、鍵の安置区画は無事です!」
「そのまま、その位置を保て。前に出るな」
『――お守り、感謝します』
短い応答の後、通信が切れた。オルコットは、鍵の安全が確認できたことに、僅かな安堵を覚えた。だが、それも束の間、正面の敵艇が、さらに攻撃の勢いを増してきた。
「敵、二番艇、こちらの弱点を狙っています。損傷箇所への集中攻撃です!」
「――くそ、見抜かれているのか」
損傷箇所は、外部からもある程度視認できる。敵はそこを的確に突いてきていた。海賊にしては、あまりに手慣れた攻撃だった。
オルコットは、マグダへの緊急要請を発した。
「マグダ、聞こえるか!伏兵に遭遇した、援護を頼む!」
通信の向こうから、マグダの声が返ってきた。
『今向かってる!あと五分、耐えてくれ!』
五分――それが、途方もなく長い時間に感じられた。オルコットは、その数字を頭の中で繰り返しながら、目の前の戦況に意識を戻した。あと五分、この輸送船が持ちこたえられるかどうか、確証は何もなかった。だが、諦めるという選択肢は、初めから存在しなかった。
オルコットの脳裏に、この一年で積み重ねてきた出来事の数々が、一瞬よぎった。デルフォスの地下要塞、鍵を運び出したあの夜、幾度もの哨戒任務、灰域での睨み合い、そして誤射から始まった大規模な交戦。その一つ一つを乗り越えてきた末に、今この瞬間がある。ここで全てを失うわけにはいかない――その思いが、彼の判断を、いっそう研ぎ澄ませていった。
「艦長、敵二番艇、推進出力が落ちています。こちらの反撃が効いているようです」
「そのまま押せ。無理はするな」
わずかながら、戦況が拮抗し始めていた。だが、それが決定的な有利に転じるのか、それとも一時的なものに過ぎないのか、まだ誰にも分からなかった。
「セシル、伏せていろ」
「――はい」
セシルの声には、恐怖と、それを押し殺そうとする強い意志の両方が滲んでいた。オルコットは、彼女の肩に一瞬だけ手を置き、それから再び、戦闘の指揮に意識を集中させた。
窓の外には、爆発の閃光と、静かな星々の光が、奇妙に同居していた。この辺境の暗闇には、両国の思惑も、政治の駆け引きも届かない。ここにあるのは、ただ生き延びるための、剥き出しの戦いだけだった。オルコットは、その事実に、ある種の奇妙な明瞭さを感じていた。何を守るべきか、何を優先すべきか――迷う余地のない状況が、逆に彼の判断を単純にしていた。
「マグダ、あと何分だ」
『あと三分だ、耐えろ!』
三分――先ほどよりも短くなった数字に、オルコットはわずかな希望を見出した。だが、その三分の間にも、輸送船は着実に損耗を重ねていた。
(第59話へ続く)