ハイド・ステーションに戻ったオルコットは、ラスクに一部始終を報告した。セシルが自ら情報提供者になる意志を示したこと、そして彼女もまたケイオン第七集落の真実を知る当事者であったこと。報告は防諜処理済みの個室で行われ、前回と同じ紫色のランプが、壁の一角で静かに点灯していた。

「――彼女を巻き込むことになる」

オルコットは念を押した。

「彼女が発覚すれば、間違いなく処罰される。それも、こちら側の都合による処罰だ」

「承知しています。彼女には、いつでも引き返せる選択肢を残すべきだ。強制はしない」

ラスクは珍しく神妙な顔をしていた。いつもの隙のない表情が、この時ばかりは少し曇って見えた。

「それと、もう一つ動きがありました。院長のグランが、非公式の面談に応じるそうです」

「早いな」

「私も驚きました。半年前に一度顔を合わせただけの関係です。おそらく、こちら側の動きを、彼らなりの筋から察知しているのでしょう」

「筋、というのは」

「鎮魂会は、戦没者の遺族や、退役軍人のネットワークを通じて、様々な情報が自然と集まる場所でもあります。表立って情報収集をしているわけではありませんが、結果的にそうなる」

「つまり、こちらの動きはもう筒抜けだと」

「筒抜け、というほどではないでしょう。ただ、何かが動いている、という気配だけは、彼らも感じ取っているはずです。弔いを生業にする者たちは、そういう気配に敏感です。死の匂いには、誰よりも詳しい」

ラスクはそう言って、珍しく皮肉めいた笑みを浮かべた。オルコットはその表情に、参謀という肩書きの裏にある、長年の疲労のようなものを見た気がした。

「艦長、正直に言えば、この面談がどう転ぶか、私にも読み切れません。ですが、会って話す価値はあると思います」

「あなたの見立てを信じます」

二人は身支度を整え、巡礼船へ向かう小型連絡艇に乗り込んだ。灰域の暗闇を、連絡艇はゆっくりと進んでいく。窓の外には、いつもの残骸の淡い光が流れていた。

数日後、オルコットはラスクとともに、灰域の外縁にひっそりと停泊する鎮魂会の巡礼船に乗り込んだ。軍艦とは全く異なる、簡素で古びた船体。エアロックを抜けた瞬間から、艦内の空気そのものが違って感じられた。軍艦特有の金属質な冷たさはなく、代わりに、乾いた木材と香の混じった、どこか懐かしい匂いが漂っていた。艦内には香の匂いが漂い、壁面には無数の名前が刻まれた銘板が並んでいた。連邦兵、同盟兵、そして名もなき民間人――双方の戦没者が分け隔てなく記されている。

銘板の一つ一つに歩み寄り、オルコットは思わず足を止めた。刻まれた名前の多さに、圧倒されるような感覚を覚えた。何十年分の死者の記録が、ここに静かに積み重なっている。

指先で銘板の縁をなぞると、金属の冷たさの奥に、幾度も磨き込まれた滑らかさがあった。誰かが定期的に、この一枚一枚を磨いているのだと分かった。手入れの跡は、義務ではなく、もっと別の何かから来ているように感じられた。

案内役の若い修道士が、二人を奥の面談室へと導きながら、静かに説明を加えた。

「この銘板は、記録が判明している方だけです。身元不明のまま弔われた方は、また別の区画にお祀りしています」

「随分な数になりそうですね」

「ええ。灰域は、長い間、多くの命を呑み込んできましたから」

修道士の口調は淡々としていたが、そこには職業的な冷たさではなく、むしろ深い慣れがあった。日常的に死者と向き合ってきた者だけが持つ、静かな落ち着きだった。

すれ違いざま、若い修道士の袖からかすかに香の匂いが漂った。艦内に染みついた匂いは、この船が長く弔いの場であり続けてきたことを、言葉よりも雄弁に語っていた。オルコットは、自分の艦にはない種類の静けさを、この船の中に感じ取っていた。

修道院長ヨセフ・グランは、深い皺の刻まれた老人だった。質素な灰色の修道服を纏い、歩みはゆっくりとしていたが、足元は驚くほど確かだった。目つきは穏やかだが、その奥には長年の弔いを通して培われた、揺るぎない何かがあった。ラスクが以前語っていた「もう何も驚かない目」というのは、まさにこういう目のことなのだろう、とオルコットは思った。

面談室は簡素な造りで、装飾らしい装飾もなく、ただ古びた木製の卓と椅子が置かれているだけだった。壁の一角には小さな灯明が灯り、揺れる炎の影が卓上にゆっくりと動いていた。グランはその灯明を一瞥してから、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

「参謀殿から、おおよその話は伺っています」

グランは静かに切り出した。声は年齢に見合わず、よく通る低い声だった。

「国家に生殺与奪の鍵を独占させたくない、という話でしたね」

「ご迷惑でしょうか」

「迷惑、とは思いません。ただ――」

グランは壁面の銘板にゆっくりと目を向けた。老いた指先が、その中の一枚を静かに撫でる仕草を見せた。

「私たちの本分は弔いです。壊れた自律核も、死んだ兵士と同じように弔ってきました。それは、命でなくとも、命であったものへの敬意です。鍵をお預かりするというのなら、それも弔いの延長線上にある仕事だと、私は捉えます」

「では」

「ただし、条件があります」

グランはオルコットとラスクを交互に見た。皺の奥にある目が、この時初めて鋭さを帯びた。

「この鍵は、燃やすための道具にはしません。誰かを断罪するための道具にも。もし将来、私たちがその使い方を誤るようなことがあれば――それは、あなたがたが今日、間違った相手に預けたということになる」

その言葉の重さに、オルコットは黙って頭を下げた。灯明の炎がわずかに揺れ、卓上の影が一瞬だけ形を変えた。この老人の言葉を裏切ることになれば、それは自分自身の中の何かを裏切ることにもなる――そんな予感が、静かに胸の底に沈んでいった。

「もう一つ」

グランは続けた。

「私は、これを持ち込んだ者の名を、台帳には記しません。名を記せば、いずれ誰かがその名を辿り、あなたがたを、あるいはあなたがたの祖国を、糾弾する材料にする。それは私の望むところではない」

「なぜ、そこまでしていただけるのでしょうか」

オルコットが尋ねると、グランはわずかに目を細めた。

「私はこの三十年、この巡礼船の上で、数えきれないほどの死者を弔ってきました。彼らの多くは、名前すら残らずに死んでいった。名を記さないというのは、罰でも慈悲でもない。ただ、この仕事を長く続けてきた者としての、ささやかな流儀です」

「流儀、ですか」

「名を記すというのは、責任の所在を作ることです。責任の所在ができれば、必ず誰かがそれを追及し、誰かがそれを利用しようとする。私はそのために、これまでどれだけの弔いが台無しになるのを見てきたことか」

グランはそこで一度、深く息をついた。

「あなたがたの名も、同じように扱います。それが、私にできる唯一の礼です」

ラスクが横から静かに口を挟んだ。

「院長、それは我々にとって、望外の申し出です」

「望外、と言うほどのことでもありません。ただの流儀です、参謀殿」

グランはそう繰り返し、静かに微笑んだ。その微笑みには、長い年月を弔いに費やしてきた者だけが持つ、独特の穏やかさがあった。

その言葉は、正史において「アッシュが台帳に名を書かなかった」という空白の由来そのものだった。だがこの場にいる誰も、まだそれを知る由もなかった。

「感謝します」

オルコットは静かに答えた。

「では――鍵の実在を、確かめるところから始めましょう」

「実在が確かめられた後は?」

グランが静かに尋ねた。

「奪取の計画を立てます。相手は連邦です。容易な任務にはならないでしょう」

「危険を伴う、ということですね」

「はい」

グランはしばらく黙考し、それから静かに頷いた。

「私たちにできることは限られていますが、受け入れの準備だけは、いつでも整えておきましょう。あなたがたが、それを無事にここまで運んでこられるのなら」

灯明の炎が、その言葉の余韻に合わせるように、一度大きく揺れてから静まった。オルコットはその小さな揺らぎに、何か約束めいたものを見た気がした。

巡礼船を辞去する際、オルコットはもう一度、壁面の銘板を見渡した。連邦兵と同盟兵の名前が、区別なく並んでいる光景に、彼はどこか奇妙な安堵を覚えた。この場所であれば、確かに、どちらの国家の思惑にも汚されずに済むのかもしれない。

グランは二人を見送るために、面談室の外まで足を運んだ。老いた足取りながら、その所作には長年の修練を思わせる静かさがあった。

「艦長」

別れ際、グランがふと呼び止めた。

「あなたの目には、まだ迷いがある。それは悪いことではありません。迷いのない者に、大事なものは預けられません」

その言葉に、オルコットは何も返せなかった。ただ深く頭を下げ、巡礼船を後にした。

連絡艇へ戻る通路で、ラスクが低い声で言った。

「思った以上に、話がまとまりましたね」

「あなたの見立て通りだった」

「いえ、正直、ここまですんなり条件を提示してくるとは思っていませんでした。院長は、我々が思っている以上に、この件の重みを理解しているのかもしれません」

オルコットは黙って頷いた。巡礼船のエアロックが閉じる音が、背後で低く響いた。窓の外には、灰域の暗闇と、点在する残骸の光が、来た時と変わらず広がっていた。だが、その光景を見るオルコットの心境は、行きとは明らかに違っていた。計画は、もう後戻りのできない段階に入りつつあった。

(第10話へ続く)