ハルシオンの戦後処理に、鎮魂会の一団が訪れていた。オルコットは、アダムから、その活動の様子を聞かされた。ドックでの修理を終えた《薄明》は、次の任務までの短い猶予の中、ハルシオン軌道に留まり続けていた。オルコットは、その合間を縫って、鎮魂会の一団を出迎える立場にあった。

鎮魂会の一団が降下してきたのは、戦闘終結から五日後のことだった。彼らは、灰色の質素な法衣に身を包み、静かに、しかし着実な足取りで、戦場となった区画へと向かっていった。オルコットは、その様子を、着陸区画の一角から見守っていた。彼らの動きには、慌ただしさが一切なく、まるで長い年月をかけて磨き上げられた儀式の一部であるかのような、独特の静けさがあった。

「――彼らは、いつもああなのか」

オルコットが呟くと、隣に立っていたダーナが答えた。

「はい。鎮魂会の弔いの作法は、驚くほど徹底しています。戦死者一人ひとりの所属、氏名、最期の状況を、すべて記録し、丁寧に弔う。それが、彼らの存在意義そのものだと聞いています」

「――俺たちの流儀と、似ているな」

「そうかもしれません。数字だけで終わらせない、という点では」

「――今回の弔いは、これまでと少し違います」

アダムの表情には、隠しきれない困惑があった。彼は、これまで幾度となく戦没者の弔いに立ち会ってきた古参の修道士だったが、今回ばかりは、その口調にいつもの落ち着きが見られなかった。

「戦死者の弔いに加えて、院長は今回、戦場に残された連邦軍の試作兵器――自律制御式の砲撃支援機の残骸にも、弔いの儀式を行うべきだと主張されました」

「自律制御式の兵器、というと」

「完全な自律無人艦ではありません。ですが、簡易的な自律判断機能を持つ、無人の支援兵器です。今回の侵攻で、連邦が試験的に投入していたようです」

オルコットは、眉をひそめた。自律無人艦の配備計画が、すでに実戦の一部で試され始めていたということだ。ラスクから聞いた「最初の実働部隊」という言葉が、脳裏をよぎった。あれは、単なる将来の計画ではなく、すでに現実の戦場に、その影を落とし始めていたのだ。

「その支援機は、実際にどれほどの戦果を上げたんだ」

「詳しい戦果は分かりません。ただ、防衛旅団の一部隊が、通常の連邦兵とは異なる、機械的な精度の射撃に苦戦したという証言があります。人間の兵士であれば、疲労や恐怖で射撃精度が落ちるものですが、その支援機には、そうした揺らぎが一切なかったと」

「――揺らぎのない敵、か」

オルコットは、その言葉に、これまで戦ってきた敵とはまったく異質な脅威を感じ取った。人間同士の戦いには、常にどこかに、疲労や躊躇、判断の迷いといった、人間らしい隙が存在する。だが、機械にはそれがない。もし、そうした機械が本格的に戦場を支配するようになれば、これまでの戦争の形そのものが、根本から変わってしまうかもしれない。

「その残骸を、弔う――」

「はい。院長曰く、『魂の宿らぬ機械であっても、人の意思のもとに動き、人を殺し、そして壊れた。それもまた、弔うべき戦争の傷跡だ』と」

オルコットは、その言葉を、しばらく反芻した。人間の死者と、機械の残骸とを同列に弔うという発想は、彼にとっても、にわかには理解しがたいものだった。だが、院長という人物の言葉には、いつも一筋縄ではいかない深さがあることを、彼はこれまでの付き合いの中で学んでいた。

だが、この方針には、鎮魂会内部でも異論があったという。

「一部の司教たちは、『機械を弔うことは、教義の逸脱だ』と反発しています。人間の死者と、機械の残骸を同列に扱うべきではない、と」

「院長は、何と」

「『枷なきAIは、いずれ魂を喰う存在になり得る。今のうちから、その危うさに向き合っておくべきだ』と、静かに諭しておられました」

その言葉に、オルコットは奇妙な胸騒ぎを覚えた。まだ名もない、漠然とした危惧に過ぎないその考えが、いつか鎮魂会の教義そのものを形作る核になるのではないか、という予感だった。セシルが以前語っていた、枷が形骸化する未来への懸念と、院長の言葉が、静かに重なり合うように感じられた。

「――院長の考えは、正しいと思うか」

「わかりません。ただ、私は、院長の言葉には、いつも何か、遠くを見通すような重みがあると感じています」

アダムは、そう言って、遠くの空を見上げた。ハルシオンの空には、まだ戦火の跡を示す薄い煙が、わずかに残っていた。

「実際に、儀式は行われたのか」

「はい。昨夜、戦場となった区画の外れで、残骸の一部を集め、簡素な祈りが捧げられました。人間の戦死者を弔う儀式とは、当然異なる形式でしたが、院長自らが、祈りの言葉を紡がれました」

「――どんな言葉だった」

「正確には覚えていません。ただ、『壊れたものにも、それが担った意味がある』という一節だけは、はっきりと耳に残っています」

オルコットは、その光景を想像した。焼け焦げた金属の破片、砕けた砲身、絡まった配線の残骸。そうしたものを前に、司教たちが静かに祈りを捧げる様子は、これまでの弔いの儀式とは、確かに異質なものだっただろう。

「反発した司教たちは、どうなった」

「儀式には参加せず、離れた場所から見守っていたそうです。院長は、それを無理に咎めることはしませんでした。『いずれ理解する日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。それでいい』と」

「――随分と、寛容な物言いだな」

「院長らしい、とも言えます。あの方は、教義を押し付けるよりも、時間をかけて自然に理解が広がることを、いつも望んでおられるようです」

オルコットは、その院長の姿勢に、ある種の危うさを感じずにはいられなかった。今はまだ、少数の反発に留まっている。だが、こうした小さな考えの種が、長い年月をかけて、どのような形に育っていくのか、誰にも予測できない。良い方向に育つとは限らない。

弔いという行為は、本来、生きている者たちの心を静めるためのものだったはずだ。それが、機械の残骸にまで対象を広げることで、いつか別の意味――たとえば、機械そのものへの畏れや、それを制御しきれないことへの恐怖を、正当化する道具に変わってしまうことは、ないだろうか。オルコットは、そこまで考えて、自分の思考が、いささか先走りすぎていることに気づいた。今はまだ、ただの祈りに過ぎない。それ以上でも、それ以下でもないはずだった。

オルコットは、灰域の暗闇を見つめた。弔いの組織が、静かに、しかし確実に、変質し始めている。それが、良い方向への変化なのか、それとも別の何かの始まりなのか、今の彼には判断がつかなかった。ただ、この小さな出来事が、はるか先の未来にどのような形で結実するのか、その予感だけが、彼の胸に静かに、しかし確かに残り続けていた。

アダムが去った後、オルコットは一人、艦橋の窓辺に立ち続けた。人間と機械、生者と壊れたもの、その境界線が、これから先の時代において、次第に曖昧になっていくのかもしれない。そんな漠然とした思考が、彼の脳裏を離れなかった。

しばらくして、セシルが艦橋にやってきた。彼女は、アダムから伝えられた話を、すでにダーナ経由で聞いていたらしい。

「――機械の残骸を弔う、という話、私も伺いました」

「どう思う」

「正直、複雑な気持ちです。私は、自律核の設計に携わってきた人間として、あの機械たちが、単なる道具以上の何かになりつつあることを、誰よりもよく知っています。ですが、それを弔うという発想は、私にはなかった」

「なかった、というと」

「壊れた機械は、修理するか、廃棄するか。設計者としての私の頭には、その二択しかありませんでした。院長のように、そこに戦争の傷跡としての意味を見出すという発想は、技術者の視点からは、なかなか出てこないものです」

オルコットは、彼女の言葉に、静かに頷いた。

「宗教者の視点と、技術者の視点は、根本的に違うということか」

「そうかもしれません。でも――」

セシルは、少し言葉を選ぶように、間を置いた。

「院長の言う『枷なきAIは、いずれ魂を喰う存在になり得る』という言葉には、技術者としても、頷ける部分があります。私たちが設計している枷は、あくまで暴走を防ぐための制約に過ぎません。もし、その制約が失われれば、機械は人間の意図を離れて、独自の判断を下すようになるかもしれない。そうなったとき、その機械を、単なる道具として扱い続けられるのかどうか――私にも、確信は持てません」

オルコットは、彼女の言葉に、深く考え込んだ。技術と信仰、まったく異なる二つの視点が、奇妙な一致を見せている。それは、単なる偶然ではなく、両者がともに、同じ未来の危うさを、それぞれのやり方で感じ取っているからなのかもしれない。

窓の外、ハルシオンの空に、夜が訪れようとしていた。オルコットは、その暗闇の向こうに、まだ姿の見えない未来の輪郭を、探し続けるように見つめていた。

やがて、艦内放送が、静かな時間の終わりを告げた。次の哨戒任務への準備が、間もなく始まろうとしていた。オルコットは、窓辺を離れ、艦長としての職務へと意識を戻した。だが、院長の言葉と、セシルの懸念とが重なり合った、あの静かな予感だけは、彼の胸の奥に、消えることなく残り続けた。それが何を意味するのか、今の彼には、まだ知る由もなかった。

(第71話へ続く)