代替経路の模索は、丸一日を要した。連邦の哨戒網は、まるで生き物のように密度を変え、《薄明》の進路を先回りするかのような配置を見せていた。艦橋には交代で仮眠を取る乗員がいたが、オルコット自身は艦長席を離れることができずにいた。目の奥に鈍い痛みが溜まっていくのを感じながら、彼はホロ図を睨み続けた。

食事も睡眠も、必要最低限に切り詰めていた。艦長がそうであれば、乗員たちもまた同じように気を張り詰める。それが良くないことは分かっていたが、この状況で気を緩める余裕は、どこにもなかった。時折差し入れられる温かい飲み物だけが、張り詰めた神経をわずかにほぐしてくれた。

湯気の立つカップを両手で包み込みながら、オルコットはその温もりだけを頼りに、意識を保っているような気さえした。冷めた頃合いを見計らって差し入れてくれるのは、いつも決まってダーナだった。彼女なりの気遣いなのだろうと、オルコットは思いながらも、それを口にすることはなかった。一口飲むたびに、強張っていた肩の筋肉がわずかに緩むのを感じたが、その安らぎは長くは続かなかった。

窓の外を流れる哨戒艦の光点を、オルコットは何百回と目で追い続けた。ある光点は近づき、ある光点は遠ざかる。その動きの一つ一つに意味を見出そうとする自分に、彼は時折、苦笑を漏らした。単なる偶然の配置に、必死で法則を探し求めている。それこそが、追い詰められた者の思考なのかもしれない。

目を離せば、その隙に何かが変わってしまうような、根拠のない焦燥感があった。オルコットは何度もまばたきを繰り返しながら、霞み始めた視界をなんとか保とうとした。長く艦長を務めてきたが、これほど長時間ホロ図から目を離せずにいるのは、久しぶりのことだった。

「艦長、少しは休んでください」

ダーナが心配そうに声をかけてきたが、オルコットは首を振るだけだった。彼女の顔にも、隠しきれない疲労が浮かんでいたが、それでも彼女は艦長より先に休もうとはしなかった。互いに意地を張り合っているようなものだと、オルコットは場違いにも思った。

「お前もろくに休んでいないだろう」

「私は交代が利きます。艦長の代わりは、そういないんですよ」

その言葉に、オルコットは苦笑した。彼女の気遣いは、いつも的確で、そして少しだけ厳しかった。

「艦長、これは単純な警備強化じゃありません」

レフが哨戒パターンを解析しながら言った。彼の端末には、この数日間の哨戒艦の動きを記録した軌跡が、幾重にも重なって表示されていた。

「配置の変化に、明確な意図がある。誰かが、こちらの想定航路を読んでいる」

「情報が漏れているということか」

「その可能性は否定できません。ただ、完全に読まれているわけでもない。何箇所か、明らかに手薄になっている区画があります」

オルコットは画面に映し出された哨戒網の密度図を見つめた。確かに、いくつかの区画だけ、不自然に警備が薄い。まるで、密度の高い部分と薄い部分とが、意図的に作られているかのようだった。パズルのピースのように、濃淡が規則性を持って並んでいる。偶然の産物にしては、あまりにも整いすぎていた。

「配置図だけを見れば、まるで誰かが定規を当てて線を引いたようです」

レフが珍しく、比喩めいた表現を使った。彼の生真面目な性格からすれば、それだけこの違和感が強く印象に残っているということだろう。オルコットはその図をじっと見つめながら、頭の中でいくつかの可能性を並べていった。

「――これは、罠か、それとも」

「あるいは、誰かが意図的に隙を作っている可能性もあります」

レフはそう言いながらも、慎重に付け加えた。

「もちろん、単なる哨戒配置の穴という可能性も捨てきれません。希望的観測だけで判断すべきではないかと」

「わかっている。だが、可能性を検討する価値はある」

その言葉に、オルコットははっとした。セシルが、まだどこかで動いているのかもしれない。彼女の立場でできることは限られているはずだが、それでも――。心臓が、わずかに速く打つのを感じた。希望的観測に過ぎないと分かっていても、そう考えずにはいられなかった。

「その手薄な区画を通る」

「危険かもしれません、罠の可能性もあると言ったばかりです」

「わかっている。だが、他に選択肢がない」

《薄明》は、密度の薄い区画へと針路を定めた。緊張した沈黙の中、艦は慎重に進んでいく。艦内の誰もが、無言のまま自分の持ち場で計器を見つめていた。時折聞こえるのは、機関の低い唸りと、誰かが小さく喉を鳴らす音だけだった。

護衛の残り火隊艦艇2隻も、《薄明》の動きに合わせて速度を落とし、影のように寄り添っていた。無線での連絡すら最小限に抑え、あらかじめ決めておいた合図だけで意思疎通を図る。それほどまでに、この区画の通過には慎重さが求められていた。

進行方向のホロ図には、依然として周囲に哨戒艦の光点が点在していたが、いずれも距離を保ったまま、こちらに気づく様子はなかった。それでも、いつ光点の一つが針路を変えるとも限らない。オルコットは肘掛けを握る手に、無意識に力を込めていた。分単位で経過する時間が、いつもの何倍にも長く感じられた。

艦橋の空気は、冷たく張り詰めていた。誰かの呼吸の音、計器の微かな駆動音、それ以外のすべてが押し殺されているような静けさだった。オルコットはふと、こういう静寂こそが、砲声の応酬よりもよほど神経を蝕むのかもしれないと思った。

「――哨戒網、反応なし。抜けました」

安堵の声が上がったのは、区画を抜けきった直後だった。艦橋のあちこちで、詰めていた息が一斉に吐き出されるのが聞こえた。

「これは……」

ダーナが暗号通信の傍受記録を確認し、声を漏らした。

「連邦軍内部の通信に、断片的な乱れがあります。まるで、誰かが哨戒配置の情報を意図的に遅延させたような痕跡が」

オルコットは確信した。セシルだ。連絡が取れない状況の中でも、彼女は自分にできる範囲で、危険を冒して手を貸し続けている。胸の奥に、熱いものがこみ上げてくるのを感じた。それは安堵であり、同時に、彼女の危険を思うがゆえの、鋭い痛みでもあった。

彼女は今、連絡を絶ったまま、それでもこちらの航路を助けるための工作を続けている。直接言葉を交わすことすらできない状況で、それでも意志を通わせようとする彼女のやり方に、オルコットは胸を締め付けられる思いがした。彼女の名前を、誰にも気づかれないまま危険に晒し続けている自分自身に、苛立ちに似た感情すら覚えた。だが今の状況では、それ以外にどうしようもなかった。

ダーナが遠慮がちに言葉を継いだ。

「艦長、これは私の想像に過ぎませんが……セシルさんは、きっと今も、ご自分の意志でこれを続けているのだと思います。誰かに強いられているわけではなく」

「そうだといいがな」

オルコットは短く答えたが、その言葉には、縋るような響きが混じっていた。

「感謝しかない」

彼は小さく呟いた。艦橋にいる誰もが、その言葉の重さを、それぞれの形で受け止めているようだった。誰かが小さく頷き、誰かが目を伏せた。名前も知らない同盟の乗員たちにまで、セシルの存在は、静かな敬意をもって届いていた。だが同時に、彼女がどれほどの危険を冒しているか、その痕跡が示していた。もし発覚すれば、彼女の立場はもう庇いようがない。倫理制限設計チームという、連邦にとって機密性の高い部署に所属していながら、こうして哨戒配置に干渉する痕跡を残すこと自体、彼女の立場を大きく危険に晒す行為だった。

「艦長、残る航路はあと二日。鎮魂会の巡礼船との合流地点まで」

あと二日。その数字が、これまでの道のりの長さと、残された道のりの短さの両方を、同時にオルコットに突きつけた。ここまで来て、気を抜くわけにはいかない。むしろ、ゴールが近づくほど、警戒を緩めてはならない局面だと、彼は自分に言い聞かせた。

「急ごう。だが、慎重に」

《薄明》は、見えない誰かの助けを受けながら、灰域の暗闇を静かに進み続けた。オルコットは艦長室に一人戻り、しばらくの間、窓の外の暗闇を見つめていた。彼女がどこかで、この暗闇と同じくらい孤独な戦いを続けているのだと思うと、居ても立ってもいられない気持ちになった。だが今の自分にできることは、この航路を無事に進み、鍵を届けきることだけだった。

机の上には、まだ手をつけていないダブレの戦死報告書が置かれていた。オルコットはペンを取り、今度こそ書き始めた。所属、階級、戦死の状況――事務的な項目を埋めていく中で、最後に一行だけ、個人的な所感を書き加える欄があった。しばらく考えた末、彼はこう記した。『若く、有能な兵士だった。彼の死を、この作戦の成果によって無駄にしないことを誓う』。書き終えた後、彼はしばらくその文字を見つめ続けた。

この報告書は、いずれ残り火隊の記録として保管され、マグダの手にも渡ることになるだろう。彼女がこの一文をどう読むか、オルコットには想像がつかなかった。それでも、書かないよりは、書いた方がいい。何も残さないことこそが、最も残酷な忘却の形だと、彼は思っていた。

遠くで、誰かが夜間当直の交代を告げる短い放送が流れた。艦は変わらず静かに進み続けている。オルコットはペンを置き、報告書を丁寧に折りたたむと、しばらくの間、目を閉じて何も考えないようにした。静寂の中、艦の鼓動にも似た微かな振動だけが、規則正しく彼の掌に伝わってきた。

窓の外では、灰域の暗闇が、いつまでも同じ表情のまま広がっていた。

(第29話へ続く)