デルフォスは、緑がかった大気を持つ資源惑星だった。大気上層に漂う微量の鉱物粒子が太陽光を屈折させ、惑星全体を淡い翡翠色に染め上げている。地表の三分の一が採掘企業の管理下にあり、居住区、精錬プラント、そして旧世代の軍事施設を転用した地下要塞が、複雑に絡み合うように存在していた。

センサー画面に映し出された惑星像を、オルコットはしばらく無言で見つめていた。表向きは、ありふれた辺境の資源惑星だ。だがその地下深くには、正規管制鍵――記憶結晶の束と紙の台帳三冊という、およそこの時代にそぐわない古めかしい形の情報体――が眠っている。国家の思惑を超えたところで、その存在だけが確かな重みを持っていた。

居住区の人口は、事前情報によれば12,000人。採掘企業の従業員とその家族が大半を占め、日々の暮らしは変わらず続いている。今夜、この星の地下で何が起きようとしているかを、彼らの誰一人として知らない。オルコットはその事実を、負い目のようなものとして胸の奥に留めていた。作戦が失敗すれば、この12,000人の暮らしにも、無関係ではいられない余波が及ぶかもしれない。

艦隊は惑星の重力圏外、連邦の哨戒網の隙間を縫うように潜行した。連続隠蔽時間はおよそ40分――冷却系が限界に達する前に、行動を完了させる必要がある。40分というのは、決して長い時間ではない。艦の位置確認、地上部隊との最終連携、そして降下準備までを、その枠の中に収めなければならない。

「地表偵察データ、更新されました」

ダーナが報告する。

「採掘企業居住区、通常通りの活動。特務班増員による目立った変化は、地表では確認できません。警備強化は、主に地下要塞内部に集中しているようです」

「護送艦隊の現在位置は」

「まだ本星軌道上です。デルフォスへの到着予定まで、あと14時間」

「予定通りだな。地下要塞の制圧を、護送艦隊の到着前に完了させる」

14時間。決して余裕のある猶予ではないが、絶望的に短いわけでもない。オルコットはその数字を頭の中で反芻した。護送艦隊が到着し、鍵が正式に厳重警備下へ移された後では、奪取の難易度は跳ね上がる。今夜のうちに片をつける以外、選択肢は実質的に残されていなかった。

オルコットは作戦の最終確認に入った。

「マグダ、地上部隊の展開状況は」

「プラント跡地への潜伏、完了した。合図があればいつでも動ける」

マグダの声には、いつもの飄々とした調子が残っていたが、その奥に張り詰めたものがあることも、オルコットには伝わってきた。残り火隊は、これまでも何度となく危険な現場をくぐり抜けてきた部隊だ。だが地下要塞への強行突入となれば、話は別だった。

「地上部隊の人員、装備に問題は」

「今のところなし。ただ、要塞内部の詳細な構造図は、あんたのところの情報待ちだ」

「まもなく届く。セシルからの最終情報を待っているところだ」

「セシル、ね」

マグダの声に、微かなからかいの気配が混じった。だが彼女はそれ以上踏み込まなかった。今はそういう軽口を交わす場面ではないと、経験の長い指揮官らしい判断が働いたのだろう。オルコットも聞こえなかったふりをして、話を進めた。

「地下要塞への侵入経路は、旧式の緊急脱出坑道を使う。竣工当時の図面によれば、直径にして人ひとりがようやく通れる程度の狭さだ。装甲は最小限に抑え、機動性を優先してくれ」

「了解した。うちの連中は、狭いところを進むのには慣れてる」

マグダはそう言って、通信を切った。オルコットは次に、艦の周辺状況を示すディスプレイに視線を移した。連続隠蔽時間はすでに残り30分を切っている。この時間との戦いもまた、作戦全体を左右する要素だった。

「アダム殿、鎮魂会の立会い準備は」

若い修道士アダムが緊張した面持ちで応答した。

「準備できています。鍵の確保が確認され次第、私が立会人として記録を残します」

「立会いの手順に、変更点は」

「ありません。台帳への記載は、これまでの取り決め通り。鍵を確保した者の名は、正式な記録には残さない――その約束は、必ず守ります」

オルコットは短く頷いた。歴史の表舞台に自分の名が残らないことに、未練はなかった。むしろそれこそが、この作戦の性質にふさわしいと感じていた。国家の争いの外側で、鍵は静かに、名もなき手によって託される。その形でしか、鍵は本当の意味で中立ではいられない。

「セシルからの最終情報は」

ダーナが暗号通信を確認する。

「届いています。……保管庁舎最深部の隔壁、生体認証は鍵の管理責任者一名のみ。暗号鍵は定期的に更新されるため、突入時刻に合わせた最新の暗号情報が添付されています。物理ロックの解除手順も」

画面に表示された暗号情報の量を見て、オルコットは小さく息を吐いた。生体認証を突破する術はない以上、この情報がすべての鍵を握っている。裏を返せば、この情報一つに、作戦の成否のすべてが懸かっているということでもあった。

「彼女、随分と危険な橋を渡っている」

オルコットは呟いた。この情報がどこから漏れたか、連邦側が突き止めれば、真っ先に疑われるのはセシルだ。倫理制限設計チームという、ただでさえ限られた人数の部署に所属する彼女が、鍵の管理体制にまで通じた情報を外部に流したとなれば、疑いの目を逸らす術はほとんど残されていない。オルコットは彼女の顔を思い浮かべた。最後に会ったときの、疲れの滲んだ、それでも真っ直ぐな眼差しを。彼女は自分の祖国の隠蔽体質に、ずっと抗い続けてきた。その抗いの代償を、これから払わされることになるかもしれない。

「艦長」

ダーナが静かに言った。

「彼女も、覚悟の上でしょう」

「わかっている。わかっているつもりだ」

オルコットは短く答えた。わかっていることと、それを軽く扱えることは、まったく別の話だった。誰かの覚悟に乗っかる形でしか前に進めない自分の立場が、時折ひどく重く感じられる。だが今、立ち止まる時間はない。

オルコットは頷き、最後の指示を出した。

「地上侵攻部隊、緊急脱出坑道への降下準備。私も同行する」

艦橋にわずかな動揺が走った。ダーナが振り返る。

「艦長自らですか」

「鍵の確保は、この作戦の核心だ。現場の判断を、他人任せにはできない。ダーナ、《薄明》の指揮はお前に預ける。陽動航路の維持、連邦哨戒艦の引きつけ、頼んだ」

「――承知しました。艦長は、必ず戻ってきてください」

「約束する」

言葉にしてから、オルコットは自分でもその重みを測りかねた。約束できることと、約束していいことは、必ずしも同じではない。それでも、この場でダーナに向かって「わからない」とは言えなかった。指揮官が退路の保証を口にできなければ、部下はついてこられない。

オルコットは航法席のレフに目を向けた。

「レフ、副長を支えてやってくれ」

「任せてください」

レフは短くそう答えたが、その声には普段よりわずかに硬さがあった。艦長不在の間、艦を守り抜く責任の一端を、自分も担うのだという自覚が、そこには滲んでいた。

「イズマ、跳躍炉の状態は、俺が戻るまで万全に保ってくれ。何があっても、脱出できる状態だけは維持しろ」

「承知しました、艦長。エンジンのことは、俺に任せてください」

イズマの声は落ち着いていた。機関長として幾度となく修羅場をくぐってきた彼にとって、この程度の重圧は、いつものことなのかもしれない。それでもオルコットは、その落ち着きに助けられる思いがした。

「アダム殿、鎮魂会の立会いも、地上部隊に同行いただく」

「承知しました。私も、命を懸けて記録を残します」

「命を懸ける必要はない。生きて戻って、記録を書いてくれ」

アダムは一瞬言葉に詰まり、それから小さく頭を下げた。

オルコットは艦長席を立ち、降下用シャトルへ向かう通路に足を踏み出した。振り返ると、艦橋の面々がそれぞれの持ち場から、こちらを見ていた。ダーナ、レフ、イズマ、そして通信卓の乗員たち。この艦に乗り込んで以来、何度も共に修羅場をくぐってきた顔ぶれだった。今夜、その全員をこの艦に残し、自分だけが地上へ降りる。指揮官として当然の判断だと自分に言い聞かせながらも、艦を離れることへのかすかな後ろめたさが、胸の奥に残った。

「――全員、これより作戦を開始する。無事に、全員で戻ろう」

艦橋に短い沈黙が流れた後、それぞれの持ち場で、静かな覚悟の頷きが交わされた。ダーナが小さく敬礼をし、レフが硬い表情のまま頷き返す。オルコットはその光景を目に焼きつけるようにしてから、通路の奥へと歩き出した。

降下用シャトルの搭乗口に立つと、外部モニターにデルフォスの地表が映し出されていた。翡翠色の大気の下、プラント群の明かりがまばらに瞬いている。あの光の中のどこかに、鍵は眠っている。そして、その在り処を教えてくれた女性は、遠く連邦の中枢で、今この瞬間も孤独な賭けを続けているのだろう。

オルコットはシャトルに乗り込み、ハッチが閉まる音を背中で聞いた。

座席に身を沈めながら、彼はもう一度、これまでの経緯を頭の中でなぞった。イオン・ラスクが持ちかけた発案、セシルとの出会い、幾度も繰り返された跳躍と潜行、そして今夜、この惑星の地下で待ち受ける生体認証の壁。すべてが一本の細い糸でつながっている。その糸のどこか一箇所でも切れれば、これまで積み重ねてきたものは無に帰す。

シャトルの窓越しに、《薄明》の艦体がゆっくりと遠ざかっていくのが見えた。あの艦を、あの艦橋の面々を、ダーナに預けて自分は降りていく。艦長として艦を離れることの是非は、これまでも何度か議論になったことがある。だが今回ばかりは、譲れなかった。鍵の確保という、作戦全体の核心をなす瞬間に、自分の目と判断が届かない場所で物事が決まっていくことに、オルコットは耐えられそうになかった。

降下用シャトルは静かに減速用スラスターを噴射し、大気圏への進入軌道に乗った。窓の外が、宇宙の暗闇から次第に翡翠色の光へと変わっていく。地上には、まだ何も知らない12,000人の暮らしがあり、その奥深くには、国家の思惑を超えたところで守られるべき鍵が眠っている。オルコットは拳を握り、これから始まる作戦の手順を、もう一度静かに反芻した。

(第21話へ続く)